僕らが旅をする理由。
                       氷高 颯矢

 僕が今までどうやって生きてきたのか?
 そんな事はどうでも良い事だ。今が在ればそれで良い。
 だから、秘密は秘密のままで、過去は過去のままで、今の自分を演じよう。

 始まりは、ある港町からだった。僕は、生まれ変わるために此処へ来た。
「こんにちは。シーフとして登録したいんだけど…」
 両親に教えられた技能は、既に、ギルドで教えてもらえる水準を超えていたので、
 その場で登録をしてもらった。
 手続きをしてもらっている間、椅子に座って待っていると小さな少女が現れた。
 2〜3才くらい年下だろうか?ひどく頼り無さそうに見える。
「君も冒険者なの?」
「はい。まだ、本格的にパーティーを組んだ事は無いんですけど…」
少女は少しはにかんだ笑顔で答えた。とても可憐だ。
「よかったら、俺と組まない?」
 美声に磨きをかけつつ、爽やかな笑顔もプラスして。
「…いいですよ。じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 握手してみる。
「私はメイニャ=ライーアといいます」
「俺はサリア、サリア=ジュント。サリアでいいよ」
 こうして、僕は一人目の仲間、メイニャと出会った。

 次の日、僕とメイニャは二手に別れて仲間を探す事になった。
 僕は、とりあえず広場に行ってみた。
 理由は簡単、広場には出店なども出ていて、たくさん人が集まっているからだ。
 今日は良いお天気だしね♪
 噴水の縁に腰を下ろして、周囲の人を観察する。
 だけど、長年繰り返されてきた昼夜逆転の生活スタイルが災いして、眠くなってくる。
 気持ちも良いし、このまま眠ってしまいたい衝動に駆られる。その時、
「お兄さん♪ハッピー?」
 その声に顔を上げると、若い女性が目の前に立って、こっちを覗きこんでいた。
 逆光とさっきまで瞳を閉じていた為に、顔ははっきりと見えなかったが、
 直感的に可愛らしい雰囲気とわかった。
「君に会えた事で、たった今、僕は幸せになった!」
 と、彼女の手を取ってみた。彼女は驚いた顔をしていた。
「それはよかったですね☆ところでコレ、放してもらえます?」
 にっこりと笑顔で拒否される。
「一緒にパーティーを組んでくれるのならよろこんで!」
 そう簡単に引き下がってなるものか。
「……」
「お願いっ!そしたら、もっと幸せになれると思う!」
「もし、断ったら?」
「そりゃ…まぁ、不幸かな?」
 彼女の表情が暗くなったのは気のせい?
「わかりました。仲間になりましょう。…だから、放して?」
 ここは大人しく従う。
「私はトア=ピッチブレンドです。チャ・ザを信仰しています」
「僕はサリア=ジュント。よろしく、トアちゃん☆」
 こうして、二人目の仲間、トアちゃんが仲間になった。

 その日、宿にてメイニャと合流すると、背の高い、少しキザなカンジの若い男
 (と言っても僕よりは年上なんだろうけど)が居た。
 名前をクライン=エンダース、魔術師ギルドで出会ったらしいソーサラー。
 男に興味はないけど、女が騒ぎそうなタイプ…では有るな。
「なんかさ…俺が一番年上っていうか…保護者みたくなっちゃいそうだね?」
 奴の感想はこうだ。
 まぁ、僕は比較的、相応もしくは下に見える顔立ちだから、
 奴が女子供を率いている様な格好に見えても仕方がない訳だ。
「どうみても二十代の人はあんただけだし、いっそリーダーになる?」
「ちょっと待って下さい!」
 突然、トアちゃんが立ちあがった。
「私、二十代なんだけど…?」
 その言葉は僕らを驚かした。
「えっ?」
「ホントに?」
「1つか2つくらいの差だと思ってました…」
 トアちゃんの反応は…?
 ――(怒)。
「…えっと、ほら、若く見えるのは良い事だしっ(焦)」
「全然、良くないよ〜!」
 半泣き+逆ギレ。あ〜あ…。
 トアちゃんは、童顔…なのをかなり気にしてるみたいだ。
「話を戻そうよ…。ほら、それぞれの技能とかも知りたいし…」
 自己紹介中だったんだよ?ケンカをしたい訳じゃないって!
「ええと…ファイター技能ある人っている?」
 トアちゃんとクラインが手をあげる。
「でも、トアさんはプリーストだし、クラインさんはソーサラーで…」
 専任のファイターは無しって事?
「じゃあ、レンジャーは?」
 ――シーン。
「それって冒険者として三流っていうやつじゃ…」
「…ってゆーか、ダメダメじゃん!」
 全員が固まった。
「明日はレンジャー探しだな…」
 無言で誰もが頷いた。

 その夜、夢を見た。
 それは過去の記憶、想いの断片。繰り返し、僕を苛む苦い傷跡。
 ――だってそうだろう?
 後悔したって、願ったって、夢の中で彼女を助ける事が出来たとしても、
 現実に彼女は居ない。存在しない。目覚めて、現実に向き合うときが一番辛い。
『アナタに逢えて、本当に良かった…』
 動かなくなる彼女の唇が最期に紡いだ言葉は、僕に対する感謝(ゆるし)の言葉
 だった…。
『世界って、こんなに広かったのね?』
 彼女はそれで幸せだったというのだろうか?
 そして、間違っていないと僕を肯定したというのだろうか?
 ――僕は納得できない。
 それを証拠に、僕は生まれ変わる決意をした。
 もう、二度と彼女を喪わない、この世界に生きる彼女に良く似た誰か、
 今度は必ず助けてみせる。後悔したりしないように、何があっても諦めない。
 否、諦めさせたりしない!
『レッド・アイ…』
 その名前はもう使わない。彼女が呼んだ響きのままに、夢の中に置いていこう。
 忘れない、忘れないでしょう。
 君の名前も、声も、繋いだ時の手の温もりも、君という確かな存在を、想いを、
 記憶に刻み付けて…。
 でもこれからは…きっと、振り返る事が無いように、

「もう、この夢を見る事は無いでしょう…」

 朝、というには遅い目の時間に起きた。
「やっと起きた?」
「トアちゃん…」
 此処が僕の現実だ。他の皆も既に起きていた。
 朝食の匂いがして、自然と笑顔になる。
「朝ごはんですよ〜」
 メイニャも呼びに来た。
「もしかして最後ですか?俺…」
「はい!でも、今から皆で食べるんで…ちょうどイイ時間に起きましたよ」
 笑顔、笑顔。今日も良い天気!

 宿の親父に訊いた情報によると、大通りでレンジャーの男が
 露店を開いているらしい…。
 何でも、ずっと山奥にこもっていたらしく、パーティーを組んでいないとか。
 お買い得情報なのかなぁ?コレって…?
「あんまり若い人はイヤだなぁ…」
「どうしてですか?クラインさん」
「だって俺が最年長って…やっぱプレッシャーってゆーか…ねぇ?」
 まぁ、確かにこの男にリーダーシップが取れるかといえば、少し難しいかもしれない。
「どんな人でもこの際良いデス☆ハッピーに冒険が出来そうなら!」
 力強いトアちゃんの発言、さすがチャ・ザ信者☆非常にプラス志向で良いっ!
「あれじゃないの?」
 いかにもデカそうなオッサン…もとい、男が露店を開いていた。
 どうやら、客は一人らしい…。

 細かい模様の織り込まれた敷物の上に、木製のこれまた見事な模様の
 彫り込まれた装飾品が並んでいる。
 金具はほとんど使われていないようで、他に革製の物もあった。
「これはお前が作ったのか?」
「ああ。なかなか良く出来ているだろう?」
「あまり、見ない細工の技だな…」
 店の男はニヤリと笑った。
「これはな…我がパッ●族に伝わる伝統的な細工技でな、その装飾品には精霊が
 宿る…といわれて珍重されているんだ…」
「それは眉唾物…ってやつだろ?」
「まぁ、伝承なんてそんなもんさ。ただ、これが偶然にも、
 俺はシャーマンだったりするんだよな」
 客の若者は、興味深げに品を見ている。
「お守りとして一個どうだい?」
「……」

 瞳に映ったのは、風に揺れる金の髪。わずかに尖った耳、華奢な身体つき。
「あれっ…!」
 皆の視線が露店の方に向けられた。
「どうしたんですか?」
「何なんだよ?初めて?ハーフ・エルフ見るの…」
 やっぱ、変だよね…こんなことで取り乱して…。
「わかったわ…」
 妙に神妙な表情と声でトアちゃんが言った。
「アレが欲しいのね…?」
 えっ?
「あの…トアちゃん?」
「アレが欲しいんでしょ?」
 その妙な迫力に思わず頷いてしまう。トアちゃん、君ってエスパー?
「ちょっとイイですか?」
 …って、もう声かけてるし!
「トアちゃん、俺達が欲しいのはレンジャーだよ!」
 クライン、ナイス・フォロー☆
「レンジャー?」
「技能なら持っていますが…」
 同時に返ってくる。
「そうなの?」
 思いがけない言葉に驚いた。
「…だったら何だって言うんだよ?!」
「仲間になってよ!」
 手を取って誘ってみる。ハーフ・エルフの若者は、柳眉を逆立てた。
「馴れ馴れしく触らないでくれないか!」
 思いっきり振り払われた。ショック。
「だいたい、君達が探してたのはレンジャーだろ?僕は神官戦士なんだよ!
 他、というよりも、彼の方に頼むんですね!」
「ヤダ!」
「――っ!」
 だって仕方ないじゃん!見つけちゃったんだから!
「俺はお前と旅がしたい!」
「あのなぁ…」
 そんな遣り取りを余所に、メイニャとクラインが露店の男と交渉を始めた。
「レンジャーなんですよね?」
「ああ、そうだが…」
「仲間になってくれませんか?」
「頼みます。俺達、パーティーを組んだは良いけど、レンジャーが一人も居なくて…」
「それは大変だな…。まぁ、俺としては構わないんだが…イイのか?」
 チラリと横目で見る。
「サリアくんはどうしたいの?」
 トアちゃん…。キミなら分かってくれるよね?上目遣いでテレパシーを送ってみる。

「良かったら、二人とも仲間になりませんか?」

「ああ、良いとも。俺はキヴァ=フィルドだ」
 露店の男、キヴァは承諾した。
「僕は…」
「一緒なら、きっとハッピーになれますよ☆」
 そうだよ。僕の望みは誰かさんの幸せを守る事なんだからさ…。
「……」
 決して、困らせたい訳じゃないって!

「お前のやろうとしてる事、手伝う!苦しいときは助けてやる!
 嬉しいときは…皆で一緒に喜ぼう?だから…仲間になろう?」

 固まっていた何かが、融け出す様に…表情が柔らかくなる。
「…やってやるよ!」
 そうこなくっちゃ!
「俺はサリア=ジュント!よろしく」
「私はトア=ピッチブレンド。チャ・ザの神官戦士です」
「俺はクライン=エンダースだ」
「私はメイニャ=ライ―アです。よろしくお願いします!」
「改めて、キヴァ=フィルドだ」
 注目が集まる。
「――…」
 唇がかすかに動く…が、一瞬、思案して、瞬きと共に何かを振り切った様に見えた。
「…プレッツェルだ。プレッツと呼ぶがいい。ラーダを信仰している…」
 成る程、ラーダ…道理で頭が良さそうな訳だ。
「ところで、これは純然たる興味から訊きたいんだが…どうして僕の事を、そうまでして
仲間にしたかったんだ?」
「えっ?」
 それは…えーっと、言える訳無いよね?だったら…それ以外にどんな答えがある?

「…綺麗だったから」

 ピキッとプレッツの顔が引きつり、紅潮する。
「――っ?!」
 ――バキッ!
 乾いた音が響く。
「――痛ッターイ!何するんだよ、酷いじゃん!」
「うるさい、黙れ、そういう目的で僕を見るな!」
 勘違いだってば!
「綺麗なものに綺麗って言って、何が悪いんだ?!」
「うるさい、黙れ!」
「…二人とも良いコンビになりそうだね♪」
 トアちゃん…。キミって人は…。
「皆、頑張りましょう!」

 ――こうして、僕らは旅に出た。
 目指す先はまだ見えない本当に始まりだけど、いつか、どこかに辿り着けたら…
 秘密も、笑い話みたいに話せるだろう…。

僕らが旅をする理由・2へ続く。